時代のニーズに合わせ、三樹院では永代供養墓「寂光堂」を建立いたしました。寂光堂は、ご使用者がお元気なうちに、当院と契約を結ぶことによってご利用いただけます。当院が責任を持って納骨堂に眠られる御霊の祭祀を永遠に執り行うことをお約束させていただくものです。
三樹院の参道入口には、当山のシンボルとして十一面観音像を安置しております。 仏師彫刻家 長田晴山師の作で、七尺の青銅製の十一面観音像です。
お釈迦様の死後、仏法を守るように命じられた十六羅漢の中で第一尊者の「びんずる」は本堂外陣や外に安置されることが多く、自分の体の痛むところや具合のよくないところと同じ個所をなでると神通力でなおしてくれるといわれ古来から信仰されています。
おびんずるさまを
さわってなでると
すぐなおる
利休信楽の甕の底に溜まった水面に落ちる水滴の音が空洞で共鳴し、琴の音に似た妙なる音を響かせることからいつの頃からか水琴窟と呼ばれるようになりました。 洞窟の中で聞く清水の垂れ音のような何とも言えない心地の良い反響音が心の安らぎを感じさせてくれます。
明治時代、当山近くの上宮田芝原里に住んでいた房州屋の長島ハツさんが、藤沢遊行寺の開山忌に馬車で出かけたとき、野比橋先に差し掛かると、何に驚いたのか馬が急に暴れだし、松林の中に飛び込んで馬車は大破した。
ところがハツさんには何の以上もなく無事だったことから、これは日頃念じている観音様のお陰だということで、観音様にお参りし絵馬を奉納したのだという。また、三十三歳のときに子宮癌を患ったハツさんが、観音様の徳によって癌が治ったことや、明治三十六年に房州屋が火災に遭ったとき、隣家に燃え広がらないように観音様に念じたところ、自家は全焼したものの、隣家への類焼は免れたという話も伝えている。
この報恩記念碑は、長島ハツさんが当院本尊十一面観音菩薩様から授かった数々のご利益に報いるため、大正七年十二月、当院一角に建立したものだという。
愛くるしい子供の姿で「ぽっくり」を履いた十一面観音様です。健康で長生きし、万が一病気になったとしても長患いせず、しかも人の世話にならず安楽往生を遂げたいという願いを叶えてくださる霊験あらたかな観音様です。